京都大学数理解析研究所・教授 向井 茂
正多面体が4面体、立方体、8面体、12面体、20面体の5種しかないことは古くからよく知られている。これらは、対称性の高い多面体としても特徴付けられる。例えば、最後の二つは恒等変換を含めて60個の回転で持って不変で、そのことでもって特徴付けられる。60個の回転全体は群という代数系をなしている。さて、代数幾何学は、多項式系の共通零点集合として定義される図形、専門用語では、代数多様体と呼ばれるものを研究対象とする。代数多様体がどのような対称性をもつかという研究の中から、講演では、K3曲面と散在型有限単純群の関わりを紹介した。
1次元の代数多様体は代数曲線と呼ばれ、閉じたリーマン面の代数的化身である。19世紀にリーマンの位相幾何学的方法でもって大きく進展した。その後、代数曲面、すなわち、2次元代数多様体がイタリア学派を中心に研究され、20世紀の前半に分類が完成した。分類結果の中で最も華のあるのがK3曲面で、その名前「K3」は3人の数学者、Kummer、 Kähler、 小平邦彦の頭文字に由来する。3次元射影空間内の4次曲面が最も身近な例であるが、すべてのK3曲面はそれから複素構造の変形でもって得られる。向井は1980年代にK3曲面のシンプレクティックな有限対称性を研究し、それらは全てMathieu群と呼ばれる散在型有限単純群、正確にはM23、の部分対称性(部分群)であることを示した。ここで、シンプレクティックな対称性とは、変換を行列で表現した際に、調整された行列式が1に等しいことを言う。
有限単純群の話に移ろう。代数多様体の分類はリーマン以来続いている大きな数学的営みであるが、有限対称性自体を分類するという営みも19世紀から続けられてきた。それは、「有限単純群の分類」という名前で、1980年代に完成された、数学の偉業の一つである。有限対称性というものを分解して、それ以上細かく分解できなくなったもの、すなわち、「有限対称性の原子」のようなものを有限単純群と呼び、それら全てを構成・分類しようという試みである。例えば、正20面体を保つ60個の回転全体のなす上述の群は最小の非可換単純群である。ガロア理論が教えるように、一般の5次代数方程式を根号で解くことができないのは、この群の単純性に起因する。
さて、有限単純群には幾つかの無限系列があるが、それに属さない逸れものが幾つかある。これらは散在型と呼ばれ、最終的に26個であることが確定して分類が完成した。歴史を遡ると、最初の散在型は1860〜70年代にフランス人数学者Mathieuによって5個発見された。これが,上述のようにK3曲面のシンプレクティックな有限対称性と関係付けられる。散在型は、その後永く見つからなかったが、1968年にJankoによって約百年ぶりに新しいものJ1が発見された。そして,それに触発されて、HigmanとSimsが別の群HSを発見した。これがK3曲面と再び結びつく。また、これから程なく、Leech格子の等長変換を用いてConwayが3つの散在型単純群を発見した。
話をK3曲面に、そして、19世紀に再び戻そう。K3曲面の3K筆頭のKummerはフェルマー予想に挑戦し、整数論に大きく貢献した数学者として有名であるが、代数幾何学では、Kummer 4次曲面の発見者としても著名である。特別なK3曲面の3次元族であるが、これを介してアーベル関数と繫がる点で需要である。物理学者Fresnelが波動曲面として16個の特異点(より正確にはnode)をもつ4次曲面を発見したが、この性質をもつ4次曲面を組織的に研究し、16本の2重2次曲線(tropeと呼ばれる)を含むことや、丁度60個のGöpel 4面体をもつこと等を示した。
さて、Higman-Simsの有限単純群HSとの関係に進もう。この群は、100個の頂点をもつ(強)正則グラフの自己同型群として構成される。そして、隣接しない2頂点(N, Tと名付ける)を固定するとき、それらとの隣接関係でもって、残りの98頂点は次の4種に分類される。(1) N,Tのどちらとも隣接する6頂点。(2) Nと隣接し,Tと隣接しない16頂点。(3) その逆の16頂点。(4)どちらとも隣接しない60頂点。この16, 16, 60という数がKummerの結果と一致する!金銅誠之はこれをさらに高級にした観察に基づいて、一般のKummer 4次曲面の全対称性(巨大な無限離散群)を決定した(1998年、Kleinの問題の解決)。Leech格子に関するConwayの結果を16次元非ユークリッド空間内の316面体に適用して得られる結果が決定の鍵となっている。
このように、K3曲面の対称性にはMathieuの群やHigman-Simsの群が関係している。散在型単純群は3つの世代に大別されるが、二つの群は、それぞれ、第1、第2世代に属する。第3世代に属する散在型単純群、なかんずく、最大個数 2463205976112133・17・19・23・29 ・31・41 ・47 ・59・71 (約8・1057) の元をもち、モンスターと呼ばれる単純群とK3曲面の関係、標語的には、「第3世代のK3幾何学」があるのかないのか、あるとすればどういうものかについて現在大きな興味がもたれていると思う。